「カーネーション」イントロが流れた瞬間、涙状態に陥った。
CDを聴いてもそう、生の歌声を聴いたら特にそう。
等身大の主人公が浮かびそのまま心の中を自分が同じに進んでいる。
初め聴いたときはこんなことにならなかったのに、何故なんだろう。
この歌を聴き初めて大人になった自分がおふくろにプレゼントをした。
旅に行っておみやげを買っても喜ばない、いつしか買わなくなっていた。
あなたが楽しんでくれば良いからって、いつも言う。
最近、パート先でおすそ分けをもらう話を聞いてたので、人数を聞くと答えて
くれるようになった。さて、何を母の日にプレゼントしょうと思いついたのが、
母の日の前日、唐突に花を贈ろう。
赤いカーネーションを贈ろうって・・・。
日曜日の朝、花屋へ行って花束をこさえてもらった。店を出た時、少し照れくさかった。時折来る視線が自意識を過剰気味にしてくるのです。電車に乗る前に
ケーキ屋により、おふくろの好きなモンブランと苺のショートケーキ・母の日バージョンを買う。小さな板チョコには「おかあさんどうもありがとう」と書いてあった。電車に乗り再び照れば倍増していく、こんなおじちゃんになっているから、
きっとかみさんに買って行くのだろうと思われただろうなぁきっと・・・。
駅を降りたら、行きつけの床屋の奥さんにバッタリ会う、この奥さんの娘さんが
自分と同級生で、「えらいねぇ〜」の言葉にもう照れが頂点に達してしまった。
実家には誰もいず花瓶のありかも知らないので、バケツに水を注ぎ中に入れ
ケーキは冷蔵庫へメモを残して家に戻った。
その夜、電話が鳴った。おふくろからだった。
何かを言ってくれたようだったが、心に残ったのが「ありがとうねぇ〜」と
初めて聞いた声のトーン、はっきり言ってショックだった。こんなんなら
もっと早くしておけばとほんと後悔は頂点に・・・。おふくろは、高価な
ものなんかよりも、心のこもったものを、それよりもその気持ちにありがとう
を言える人だったということをいまさらながらに知ったのです。
自分の逃げ場を失い良かったと思えなかったことは、おふくろの言葉の深さに
比例して、気が付いたことがあります。この歌は、知可子さん自身なんだと。
おふくろにも、知可子さんにも、心からごめんなさいを言いたい。
そして、おふくろにも、知可子さんにも、どうもありがとうを言いたい。
「恋人と呼ばせて」ランタンでのライブでも書きましたが、この歌がこうした形で
応援するきっかけになったのです。「会いたい」でファンになり、CDに入っていた
この楽曲に何度も何度も聴き入り、そしてその当時発売されていた
CDを全部買いあさったのです。自分、ゆっくりと沢田知可子の世界へ入って
行くのに、この日は異常なまでに感受し、スイッチが入りっぱなしに。
人が人を好きになるということ、この歌の主人公は許されない恋の中にいる。
ほんと、せつなくて、せつなくて、せつなくて、結末うんぬんよりもただ
せつなくて、その一言に自分はいつも反応してしまう。前に、知可子さんが
デビュー曲のこの歌を歌いきれずに、化粧室で号泣してまった話をしてました。
だから自分の心にも、男の自分にも、届いたのでしょう。今日は、ピアノだけ
のバージョンですが、いつもと違った感じなのに、いつもと同じせつなさが
自分を包んでくれたのです。男でこの歌を聴いて泣いてしまうのって、
そういないでしょうね。